自分で選べる自由がある、幸せな世に生きる

It’s so happy that it can be chosen. (前の投稿 > 選択できるという幸せ
前にも同じような内容を書いたけど、世界中がコロナショックでおお事になってる中でもう一度。
不治の病気などで体や心が自由にならないのでなければ、どんな状況でも生きてさえいれば何かしら自分で物事を選択する自由があると思います。コロナショックで希望を失う人や事業が立ちいかなくなったり勤め先からの収入が減ったり途絶えたり、大変な状況に置かれてしまった人もおられるでしょう。でも、生きてれば、必ず自分で選ぶ自由があります。自分で選択できる自由こそ人の幸せだと思います。好きな場所で好きな人といて。もちろん一人でいても。何をのんきなことを言ってるやつに、人の気持ちなんかわかるものか!としかられそうですが、とにかく自死だけは選ばないようにと願わずにはいられません。
お金が欲しくて人を気付付けたり殺してしまったり、何のためだか分らんけど人を自殺に追い込んだり、どっちも人の幸せを奪うから許せない行為です。
[11:00]
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正午過ぎの油山市民の森、片江展望台
ここの桜はまだつぼみ。福岡ももうすぐ開花のはずです。宴会は自粛でも、桜は見れますよ~。
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展望台からの眺め ~ 人の数は以前と変わらないくらいかな。 
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[16:52]
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都市高速下の道をこの先へ進むと、「桧原桜」( Hibaru sakura ) があります。福岡市民にはなじみのある逸話が残る場所です。
「今年も桜を見ることができた。」(もう少し先ですが)、そう思えることに生きていることの幸せを感じさせられます。(同時に、見ることができなかった人に対する切なさもひとしおですが。)