廃線跡を行く ~ 国鉄筑肥線 (2) 六本松付近から西新方面へ
I go through the abandoned track ~ Old national railway Chikuhi line (2) ~ To Nishijin per Roppon-matsu.
前回の投稿から1年以上たってしまいました。今回出かけたのは2020年2月です。
1983年の福岡市営地下鉄の開通とともに廃止となった区間のうち、中央区の六本松付近から西新方面を巡ってみました。
さて、九州大学教養部の移転とともにその跡地に福岡高裁ができるなど再開発が進む六本松地区ですが、旧筑肥線の駅はありませんでした。少し離れた別府 ( Befu ) に鳥飼駅がありました。
( 写真が多いです。There are many photos.)


朝と夕に1本ずつ、ED10 が牽く客車列車が走ってました。ちょうど高校生の通学時間帯でした。

横切っているのは油山観光道路です。列車が走っている頃はまだ開通してませんでした。

大きな左カーブを終えたあたりで樋井川に差し掛かります。

油山観光道路の友泉団地交差点~六本松西交差点間が開通して全通するまで、路線バスを含め樋井川沿いの県道を通っていました。朝夕はいつも渋滞でした。 国道202号線を六本松方向からきて左折すると、すぐ先に踏切があったということです。
(上り、梅光園緑道側を見る・下1枚)

樋井川を渡る

さすがに蒸気機関車が走るのは見てません。

国道2020号線を六本松方向へ行く車


「ひいかわ」でなく「ひいがわ」が正しい…いつも「ひいかわ」と言ってますけど。

(上り、梅光園緑道側を見る・下3枚)

樋井川を渡ると国道が上を越えて行きます。


樋井川を渡って400mほど行くと城南区役所が右手にあります。写真に見える道路(廃線跡)の右側は鳥飼駅の敷地でした。(上の写真の左のビルの辺りから。)

ちなみに、西区から早良区と城南区が分割したのは1982年、筑肥線が廃止される前年です。現在の城南区保健所・区役所の辺りが鳥飼駅があった場所です。


上の写真の交差点手前までが敷地だったようです。
(下の2枚、上り側を見る。左手に城南区役所、鳥飼駅があった場所。)


区役所の先の路地に残る国鉄時代の境界杭


向かい側(区役所側)の様子

区役所西口交差点 ~ 鳥飼駅の下り側の端がこの辺り。何となく思わせぶりな花壇の形…。



旧筑肥線の中でも利用者が多かった鳥飼駅です。現在はこの交差点から200mほどの場所に市営地下鉄七隈線の別府駅があります。
西新方向へ400mほど進んだ先の橋「上竜王橋」~ 鉄橋の痕跡はありませんでした。



(下1枚、上り側を振り返る。)

下:下り側 ~ 樋井川を渡る手前で大きく90°カーブした線路はしばらく直線区間でした。

上竜王橋から300m少々進むと「早良街道」に突き当たります。

右折して西新方向に進むと地下鉄の西新駅がありますが、1㎞近く離れてます。(下1枚、交差点から西新側を見る。)

(下1枚、上り側を振り返る。)

線路(廃線跡)は早良街道を横切って西へ進みます。

昭代3丁目 ~ この辺りに西新駅がありました。西新駅とは言うものの西新にはなく、西新、藤崎、荒江といった人口が多い地域の中心に駅を造った感じです。

廃線後、西鉄の代行バス(11番系統)が走っていて、折り返し場所があったそうです。現在の11番系統はこの先の藤崎まで運行されてます。

この辺りが西新駅だったようです。



(下1枚、上り側を見る。)

サトー食鮮館の裏に回って見ると、境界杭がありました。

ブロック塀に埋もれてました。(これは福岡市の杭?)

少し離れた別の場所に JR の杭がありました。

また別の場所にも。(これこそ国鉄時代の杭か?)

西新駅を出て西に下ると次は姪浜駅です。今回はその途中まで行ってみました。
下:上り・西新駅側を見る ~ 左側が昭代、右側は荒江。誤差おりんスタンドの辺りまでが西新駅の敷地だったか(?)。

下:下り・姪浜方向を見る。


原一丁目交差点 ~ 県道558号線、愛称「原通り」は拡幅工事が完了して10年も経たない。

下:藤崎方向を見る。

下:原方向を見る。

下:たどってきた道(筑肥線跡)を戻りました。

今回はここまで。この先右にカーブしながら、次の姪浜駅まではまだ距離があります。